人間関係とコミュニケーションの教科書

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わたしが群れるのを嫌う理由

      2016/09/11


わたしは群れるのが大嫌い。
理由はいくつかありますが、そのどれもが協調性や横一線といったものが原因です。

集団においては、和をみだす人物は徹底して排除されます。
たとえそのひとが論理的に正しかったとしても、それが組織における正解とはかぎらない。
集団のなかでの正解というものは必ずしも目的と一致するわけではなく、ときに間違ったものになることもあります。

つまるところ組織においてはみんなと同じことが求められ、それができないというのはマイナスでしかありません。いくら本人が正しいことをしたとしても、それで調和がくずれれば叩かれまくる。

デキる人はとっとと独立してしまったほうがいいでしょう。出る杭はうたれるの法則で、優秀な芽を摘まれてしまいます。組織にとどまっていてもむだに消耗するだけです。

 

その1:効率が悪いのにやらなければならない

集団でなにかをする場合には、全体のレベルにあわせなければなりません。
もし自分がずば抜けてできるとしても、まわりがノロノロとやるのならそれに従うしかないのです。

いくら効率のいい方法を知っていたとしても理由をもとめられ、かつ全員の承諾が必要。
このためみんなでノロノロやっているうちに機会損失してしまうこともあります。

あたらしいものが出たら、いかに速く適応するかは重要です。
1の2の言っているひまはなし。

最近の例でいえばnoteでしょう。
あれは情報発信という面で非常に有効なツールですが、手を付けているひとはまだまだ少数。
最近になってようやく会社や組織のページが見えはじめたレベルです。

全員のレスポンスを待っているあいだに、デキる人はどんどん先に進んでしまいます。
気づいたころには手遅れで、儲け話が出まわったぐらいにはじめさせられるということも。
そんなんでは貧乏クジを引かされるのも当然でしょう。承認などいちいち待っていられません。

 

その2:足をひっぱりあう

組織においては、だれか一人が突出した利益を手にすれば集団でつぶしにかかります。
いわば妬みってやつ。
メンバーはみな平等である「べき」という空気が充満しているのです。

スピード出世なんかはその典型。
同期の中でどんどんのぼっていく人は、必然的に周囲からきらわれます。
悪者あつかいされたり、なかったことにされたり。

わたしはこういうのが大嫌い。
なんでできる人とできない人が同列に扱われなければならないのでしょうか。

自分では正しいことをしたのに、まわりからは疫病神扱いされる。
それが組織というムラ社会のすがたです。

 

その3:手柄が分配される

いくら自分が頑張ったとしても、報酬は組織のメンバーで均等に分配されます。
それゆえ自分の取り分は少なくなってしまう。これはいくらなんでも不公平すぎるでしょう。
それでも組織においてはそれが正しいのです。

せっかく得た手柄を持っていかれるのはたまったもんじゃありません。
どうしてできない人のために頑張る必要があるのでしょうか。
そんなんではモチベーションがまったく起きません。

組織のなかでは「平等」であることが求められるが、それはただの利益分配にすぎません。
頑張りが反映されるという意味での平等とは正反対のもの。
一見すればただしく見える「平等」も、本質的な意味では不平等なのです。

 

いかがでしょうか。
組織というものがどれだけ効率の悪いものかがわかるでしょう。

スピードや効率を求めるひと、頑張りが反映されるべきだと考えるひとは組織を飛び出したほうがいいでしょう。
調和が第一とされる組織のなかにいては、せっかくの才能もむだになってしまいます。
集団内においては序列や「平等」といったものが異常なほど重視されているので、集団に属すということはそれだけ損をするのです。

もしあなたが画期的な方法を見つけたとしても、他のメンバーには決して教えてはいけません。
あなたのアイデアが使われるはずはありませんし、仮に採用されたとしてもそれをよく思わない人間もいる。
そのようなやり方を見つけたのであればあなた個人で動くべきです。口に出していいことはほとんどありません。

 

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