追い込みの力を舐めるべからず 効率的な時間の使い方
2016/09/11
人間という生き物は短期間の追い込みで大きく変わることができる。追い込みの力を舐めてかかると痛い目にあう。
2週間あれば人は劇的に成長できる。2週間ずっとひとつのことを考え続ければ、普通にやれば1年かかることを習得できたりする。筆者の身の回りにはそういう人がたくさんいて、難しい試験であろうとなんだろうと2週間の準備だけで突破してしまう人は多い。24時間ずっとひとつのことを考え続けており、その他のことは見当たらない。このような考え方は、効率という観点から見れば非常に良い。1年を2週間に短縮できればそれだけやれることが増えるのである。
辛いことを避けて計画的に物事を進めているうちは、効率的な時間の使い方など身につくはずがない。毎日仲間たちとゆるい日々を過ごしながら技術を身につけようというのなら膨大な時間がかかる。一日のうちで仕事について考える時間なんてたかが知れているし、本気度も低い。密度というものを考えた場合、無駄だらけの時間の使い方になってしまう。
追い込みというものは確かに辛い。苦痛が伴うものなので、進んでやる人は極稀である。普段の生活に持ち込もうものなら人間関係がギスギスすること必死であり、やっている本人にもかなりのプレッシャーがのしかかる。しかし結果を出したければ追い込みは避けては通れない。大きな結果を出すためにはどこかで非常に苦しい場面を乗り越える必要があり、気づかないうちに大成していたということはありえないのである。
サークル活動で大会前に猛練習するのもこれと似ている。やれるだけやることで自信がつく一方で、結果を出すためにはそのような練習をすることが不可欠である。精神的にも科学的にも追い込みというのは非常に有効な手法である。筆者も準備は早めに始めるものの、本番前にはずっと本番のことを考える人間である。本番前に追い込むことで一皮むけることができ、良い仕上げとなるからである。
世の中の天才と呼ばれる人々はこのようなことを日常的に行っており、一般人が言う追い込みとはわけが違う。彼らは普通の人には耐えられない量のノルマを日常的に自分に課しており、毎日自分を追い込んでいるのである。量も質も一般人のそれとは違うので、上達速度に違いが出て当たり前である。
ロバート=キヨサキ氏は著書金持ち父さん貧乏父さんの中で、他社への支払いを後回しにするように書いている。これはすなわち、資産に回すお金を予め払っておき、後に控えている支払いのために自分を必死で働かせるということである。資産形成への支払いを後回しにすればプレッシャーによって一生懸命になるということもない。安全な方法をとっているうちは成長なんてありえず、成長したければ請求書で自分を追い込めなければダメだということである。
上達の速度は量と質の掛け算で決まる。質の高い練習をすればそれだけ上達にかかる時間は短くなる。時間という資源は限られているため、呑気に練習している暇はない。仕事であれ趣味であれ、上達のコツは一緒で、追い込みが鍵を握っているのである。周りと同じようにやっていては上達が遅くなるばかりなので、周囲に差をつけたければ睡眠時間を削ってまででもやらなければならない。休日返上なんて当たり前。好きなことであればそれぐらい取り組めるはずである。もし出来ないとしたら、あなたにとってその趣味は所詮その程度の存在でしかない。
時短術と呼ばれるものが週刊誌や本などで紹介されているが、そこで紹介されるのは楽にできるようなことばかりで、上記のようなことは紹介されない。楽なことをしたところで得られる時間はたかが知れている。本当に時間が欲しいのならお金や趣味を捨てなければならない。何かを手に入れるには何かを犠牲にする必要がある。何の犠牲もなしに結果が得られるなどといったウマい話はないのである。
痛みを伴うという理由から、大半の人間は追い込みをしない。周囲と差を付けたければ人がやらないことをする必要があるので、追い込みという手段は非常に効果的である。やりたいことがたくさんあって時間が足りないというのなら追い込みを考えてみてはどうだろうか。本当にやりたいのであれば辛いことなど耐えられるはずである。